こんなことを書いたら、片岡さん本人に叱られそうだけど、
ぼくは、だいたい22歳~25歳ぐらいのころ、
よく、片岡義男ごっこをして楽しんでいた。
まず、街角で、ナンパをする。
見ず知らずの女性に対して、声をかけるのだ。
これは、友達とつるんで、とかではなく1人で行う。
もちろん、誰でもいい、というわけではなく、
ここは、結構スピリチュアルだと思うんだけど、
直感に任せて、これぞ!と思う女性に声をかける。
大抵は、お茶でもどうですか?だったかも(笑)
そして、もしも、女性が笑顔でにっこり、OKしてくれたら、
喫茶店でも、居酒屋でも、カフェバーでもいいので、
どこかに入り、ちょっと落ち着いたところで、
その子の素敵なところを、ほめまくる。
とにかく、ほめまくる。
相手の子の事情さえ許せば、夜通し、朝までほめまくる。
それは、飲みながらの場合もあれば、
意気投合して?ベッドの上のときもあったけれど。
片岡さんの小説に出て来る男性が、女性を褒め称えるように、
ぼくも、とにかく褒め称えた。
多分に下心もあったけれど、それよりも、なによりも、
見知らぬ女性とそういう時間を過ごすのが好きだったのだと思う。
などと書くと、刹那的な快楽に身を任せて、
こいつは、しょーもない男だ!と言われちゃうかもしれないけど、
まあ、20年以上前の、若かりし頃のことなので、
多めにみてやってください。
いや、何を言いたいとか言えば、
あの頃、ナンパなのに、とても仲良くなって、
楽しい時間を過ごせたのは、
要するに、お互いが対等の関係だったからだ、ということ。
出会ったばかりの男女に、利害関係なんて、ほとんど存在しない。
ただの男と、ただの女が、
今、生まれたばかりの世界を、楽しみながら構築する。
刹那な時間にスリルを求めるのではなく、
新たな出会いに乾杯するような、そんな時間を構築する。
それは、対等という言葉以外の何物でもない。
男女が対等な立場でなければ、片岡義男ごっこは成り立たないし、
対等ということは、要するに、互いが自立している、ということ。
「あなたなしでは生きていけません。」
これは、素敵な言葉のようで、
実は、とても重たい言葉だ。
完全依存の言葉だから。
対等な立場でなければ、純粋な恋愛など、成り立たない、
と、片岡さんも言っていたような記憶があるし、
それを言った途端に愛が終わると、山下達郎さんも歌っている。
こんな感じ
君なしでは生きられない
悲しい言葉さ
言い出したらそれで終り
愛は・・・・・♪
(スプリンクラー)
とは言え、完全に自立した人間など、いない。
気になる異性との間で、
依存したり、依存されたりすることに、快感を感じながら、
恋愛の行方を占うってのも、
これまた、楽しかったりするものだ。
特に、恋愛の初期段階は(笑)
さっきと完全に矛盾することを書くけれど、
「あなたなしでは生きていけません。」
って言われたら、本当はすごくドキドキすることも真実だ。
そんなに愛されちゃってるの?って思うわけで。
まあ、そんなわけで、散々書いておいて、なんだが、
恋愛は、理屈ではないってことだな(笑)
どれもこれも、みんな宇宙からのギフト。
愛を経験するためのクエストなんだよね ^^
片岡義男ごっこをしていた頃
