土曜日らしく、まだまだ夜としては早い時間に、
ゆっくりと湯船に浸かりながら、
山下達郎さんをBGMに、片岡義男さんのエッセイを読んだ。
風呂場の外に臨時設置した、iPodからは、
その薄い筐体に内臓される、
極めて小型(と想像出来る)スピーカーによる、
低音がカットされた達郎の歌声が響く。
このスピーカーから聴く音楽は、
キンキンしているので、AMラジオの深夜放送のようだけど、
実のところ、質感はまるで違う。
この音は、デジタルなiPod特有のものだ。
これだけで音楽を楽しめ!と言われたら、
ちょっと困るけれども、
例えば、ちょっといつもとは違った場所に、
自分の好きな音楽を持ちこむ、というような、
こういう使い方は、ありだと思うし、
そういう使い方なら、この音質は面白いかもしれない。
だから、ぼくはキッチンでお湯を沸かすときとか、
トイレにこもるときとか、
ほんの数分だけど、その場所に滞在する必要があるとき、
iPodで1曲、その時にもっとも聴きたい音楽をならしてみる。
なんと、贅沢なんだろう(笑)
達郎の楽曲に包まれながら、風呂に浸かり、
風呂に浸かりながら、片岡義男のエッセイを読む。
これはこれで、贅沢なのだが、ふと、
ぼくが、達郎のように歌えて、片岡義男のように小説が書けたら、
どんなだろう?とか、いつのまにか、勝手な想像が始まっていた。
例えば、こうして風呂に入りながら、
ふと、鼻歌のように、Ride On Timeを歌い始める。
— Youtube部分ですが削除しました —
青い~、水平線を~ いま駆抜けてく~♪
達郎の声で歌うわけだから、例え、
風呂場の外で聴いている人がいても問題ない。
近所の人がたまたま聴いてしまっても、
ここのご主人はなんて歌が上手なんでしょう、とか思うわけだ。
そして何よりも、iPodなんか持ち込まなくても、
自分で歌って、自分で聴きほれることが出来るのだから、
いやー、これは素晴らしい。
歌い始めた瞬間に、
そこは南国の風が気持ちよく吹いているような
素敵な場所に様変わり。
そして、そのことを、例えば、こんなブログに書かず、
片岡義男風エッセイで書き綴り、本になれば、
これはいうことなし。
例えば、その本を読んだ若者たちが、
おお!こんな素敵な風呂の入り方があるのか、と、
みんなみんなマネをする。
本の発売日には、全国の家庭の風呂場で、
達郎を鼻歌で歌う若者が急増!みたいな。
・・・なわけないって(笑)
そもそも片岡義男さんなら、
そういう本当に日常のありふれたことを、
こんな風に、ただ、だらだらと書くわけがないし、
山下達郎さんだって、風呂で、思い切り、
Ride On Timeは、歌わないだろう。
でも、自分の好きな作家、ミュージシャン、その他いろんな人の、
全ていいとこ取りした自分が出来たら、
非現実的な話だけど、これは、面白いだろうなと思う。
そして、そこまでばかげた話を考えた結果、
満更でもないなと思ったりする。
・・・そうなりたければ、そう在ればいいんだよ、
とメッセージが聞こえてきたからだ。
このメッセージの発信元は、
きっと、神との対話の神か、それ系の存在だな ^^
つい、最近まで、肩肘張って、突っ張って、生きてきた。
そうしないと、生きていけないのだ、と思い込んでいたから。
でも、力を抜くことを覚えた。
どんなでも、生きていけることを思い出したから。
自然でいることが、何よりも、大切であることも思い出した。
いつもの自分を、いつも通り経験すればいいのだし、
何か新しいことをしたければ、素直に、初心から、取り組めばいい。
ぼくらは、なんにでもなれるのだ。
肩肘張らなくても、突っ張らなくても、
そうなりたい、とただ、まっすぐに思えば、そうなれる。
これは真理である。
話の流れがめちゃめちゃだけど、
実際に、ぼくは、今日のバスタイムで、
以上のようなことを考えたり、思い出したりしていた(笑)
みなさん、よい週末を!!
ハッピーサタデー
