残された時間

今年の大震災のせいか、原発の事故のせいか、
はたまた、身体の不調を経験して、
35年振りに病院のお世話になってしまったせいか、
自分に残された時間を、意識するようになった。
自分に残された時間って書くと、
余命数年とか宣言されたんですか?と、
質問されてしまいそうだけど、
そういうわけではない。
滅多に行かない病院で、
検査されたりしたおかげで、
場所によっては、意外に健康であり、
傷んでいないものだと自覚したり、
以前よりも運動に励んだりして、
結構元気に生きているつもりではある。
だけど、人は誰でも、死ぬ。
・・・あ、そうだ、ここまで書いて、
震災前にも、こういう内容で、
ブログを書いたのを思い出した。
だから、震災とか病院のせいじゃないな。
歳のせいかも(笑)
誰にでも、残された時間がある。
言い方を変えると、
誰にでも、残された時間しかない。
そういうことになる。
限りがあると思うと、
何をするにも、急いでしまう。
何をするにしても、早く終わらせなければという、
強迫観念のようなものが、
むくむくと発生して溢れてくる。
ぼくらの魂は、永遠の命を持っており、
死ぬとか、消滅するとか、
あり得ないと言われているけれど、
こうして3次元的に生きていると、
やはり限られた寿命を意識してしまうわけで。
今日は、ウォーキングの最中に、
その残された時間のことから始まる、
もろもろなことを考えてるうちに、
次第に、胃が痛くなって来るほどだった。
風邪から立ち直ったばかりだったし、
かなりの暑さだったせいもあるかもしれないけど、
胃が痛くなるのは、久し振りのことだったので、
とりあえず、今日のウォーキングは中止して、
おとなしく家に戻ろうかと思ったぐらい。
でも、その半面、ここで帰ったら、
ただの胃痛持ちのおっさんになってしまう気がして、
気持ちを入れ替えるように試みたら、
痛みも和らいだので、やはり精神的なものだったのだろう。
先日、M9.5の地震の予言があり、
それは外れてくれたわけだけど、
また、8/12に地震があるとかないとか、
ネット上では囁かれていたりして、
どうにも落ち着かない。
ぼくの直感では、これも外れることになってるけど、
そもそも、この手の予言めいたものが、
続々と出てくること自体、
この時代の危うさのようなものを感じて、
なんだか、やはり、落ち着かない。
実際のところ、3次元的な話、
ぼくは、このままでいいのだろうか?
・・・3次元とそれ以外の次元を、
自分の中で使い分けて生きるなんて、
本当は出来ないはずなんだけど、
最近、自分の中で、乖離が目立つのです(笑)
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