ぼくは、生れたときの記憶がない。
まあ、これは誰しも、そうなのだろう。
では、どの辺りからの記憶があるかと言えば、
3歳ぐらいまでなら、思い出すことが出来る。
(きっと、みんなもそんな感じかな?)
なぜ、3歳かと言えば、
3歳になるまで住んでいた、
岩手県の花巻市の記憶があるからだ。
それから、ずっと、ぼくは、ぼくであるまま、
外側の世界を認識しつつ、反応を繰り返して、
なんとか、生き続けて来た。
ぼくは、常にぼくであった。
今も、そうである。
ぼくという存在の中に、ぼくがいて、
寝たり起きたり、食べたり飲んだり、
こうしてブログを書いたりしているわけで、
決して、他人と混じり合うことはない。
ぼく以外の存在も、
ぼくと同じように感じているのだろうけど、
ふと、不安になることがある。
もしかして、この世界、
ぼくしかいないのではないのか?
ぼくに伝えられている情報は、
すべて何者かが合成した情報であり、
こうして見たり、嗅いだり、触ったりしている、
五感と言われるものは、
すべて現実ではないのではないのか、みたいな。
そういう心持ちになるのは、
多分、ぼくだけではないのだと思う。
そして、そんなイメージを膨らませて出来た映画が、
名作マトリックスなのだと思う。
この3次元世界だけで生きている分には、
もう、そんなの、妄想でしかないわけだけど、
地球を救え!のブログでは、
「そもそも3次元は幻想の舞台ですよ」等と
書いちゃってるわけで、
Hamさん、本気でそう思っているの?と聞かれれば、
まあ、99%「はい」と答える(笑)
宇宙がホログラムで出来ている話を
何度か書いたけれども、
ぼくは、証明は出来ないけど、
真実なんじゃないかと考えている。
この考え方は、今すぐにでも、
宗教と科学が融合出来る考え方。
善も悪もない、宇宙の叡智をすべて経験するために、
奇跡で出来た舞台を演じるのが、
ぼくたち、或いは、もしかすると、ぼく(だけ)。
だから、たまに、ふと我に返り?
ん?ちょっと変だぞ、胡散臭いぞ、と、
現実の様子を観ながら、思うわけだ。
ツイッターでフォローしたばかりの方に教えて貰って、
早速、iTunesでダウンロードした、
「ラフマニノフ: 交響曲第2番ホ短調 Op.27」を聴きながら、
今夜は眠りにつこう。
なんだかこの現実は、おかしいぞ?と思ったり。
