さっき、メインブログの方に、
久し振りにアセンションについて書いた。
なんちゃってチャネリングによる、
誰か?との会話をそのまま掲載した。
誰かは、ぼくかもしれないし、
ぼくのハイヤーセルフかもしれない。
或いは、その辺の低級霊かもしれないし、
もしかすると、シリウスの叡智かもしれない。
誰かわからないけど、
多くの言葉に、ぼくの考えが、投影されているので、
まあ、自問自答みたいなものなのだろう。
今のぼくは、もちろん、
スピリチュアルそのものは否定しないけど、
宇宙人がやってきて、地球を良い方向に導いてくれるとか、
宇宙が愛を注いでくれるから、みんな大丈夫とか、
その路線からは、離脱した気がする。
あの世は存在すると思うし、
宇宙人もいて、地球を観ていると思うし、
霊能力やサイキックなことも、
そのうち科学的に実証されると思っているけど、
宇宙人が来て、3次元的な介入を行い、
地球人を救うというシナリオは、
直近では実現はしないだろうと思っている。
少なくても2012年の年末、
宇宙人がファーストコンタクトすることは、
ないと思っている。
#但し、これは3次元的な部分の話で、
#高次の部分では、宇宙人たちの影響は、
#年々、増大しているような気はする。
不思議系精神世界系ブログとしては、
こんなことを書くと、興味半減で、
誰も読まなくなりそうだけど、
最近のぼくの見解は、この通りだ。
神はいるのか? YES
神=宇宙か? YES
神=愛か? YES
宇宙=愛か? YES
ここまではOK
でも、ここから先は、どうかな。
良いことをすると
霊的に救われるか? NO!
#良いとか悪いとかは人間の基準。
愛は地球を救うか? NO!
#地球は救いなんか求めていないし、
#そもそも、今でもありのままの姿である。
それでは
救いなんてないのか? YES!
#地球と同様、ぼくらにも救いの必要はない。
#ある意味、最初から救われているのだから。
3次元世界にいると、
どうしても、世俗的な幸せを望んでしまう。
それは、当たり前のことなんだろうけど、
3次元世界の幸せは、高次の世界では、
意外に不幸せなことだったりもする。
逆に、3次元世界での不幸せな体験は、
高次では、幸せな体験と言われたりする。
複雑で酷い経験の方が、
魂の成長になったりする、
と言われるのはそのためだ。
だけど、決して、マゾになれ、
と言っているわけではないのだと思う(笑)
多分、
「ありとあらゆる経験をしなさい。」
ということなのではと。
究極的に善なことも、極端に悪なことも、
どちらも経験しなさい、ということなのだと思う。
悪いことをすると、バチが当たるみたいに、
自分に返って来るカルマの法則も、
(もちろん、その逆の善いことも)
何も、罰ゲームのためのものではなく、
ありとあらゆる経験をするための
うまく出来た仕組みなのではないか。
ぼくらは、スピリチュアルな世界の存在を、
意識してもよいと思うけど、
スピリチュアルに生きる必要はない。
もちろん、スピリチュアルに生きてもいい。
そうしたければ、そうした方がいい。
#知ってしまったら、
#気付きを得たら、そうしちゃうと思うけど。
けれど、そうしたくなければ、
この3次元世界を思う存分生きていいのだ。
もともと、宇宙は自由そのものである。
スピリチュアルでも、スピリチュアルでなくても、
ああしろこうしろという必要なんかないのである。
この世界が、沢山の層で出来ていることは、
ぼくとしては、確かなことだと感じている。
ある層におけるミッションは、
ある層から見ると善だったり悪だったり
必要だったり不要だったりするかもしれないけど、
層と層の間で、調整が行われることはなく、
それぞれが独立しながら、自動的に調和がなされ、
全体として、成長を続けているのが宇宙だ。
それが、ぼくのスピリチュアルである。
・・・今の時点の。
ぼくの中のスピリチュアル
