ぼくが昔ホームページを開いていた頃の記事。
ちょっと面白かったので、掲載しておく。
(一部、改行位置や句読点などの追加を行った。)
↓ここから
僕がまだ駒込に住んでいた時の事だ。
当時の僕は大学を中退し、
今時の言葉でフリーターの状態だった。
最も当時は「フリーター」等と言う
気の利いた言葉は無く、
社会的な地位は皆無に等しかった。
金が無くなると日払いのバイトに何日か行き、
その他の日々は寝ているか、
或いは、本を読んで暮らす毎日だった。
貧乏で食事は日に一回(だいたいインスタントラーメンだ。)
しか出来ず、何ヶ月も家賃が払えない状態が続いていた。
そんな僕にも、2年間程付き合い続けている一つ下の彼女がいた。
松田聖子似の彼女は勝気で短気だったが、
価値観が比較的に僕と近かった為か、
それまでは、ほぼ安定した交際を続けていた。
この話の頃、彼女は高田馬場の専門学校に通っており、
就職活動で忙しそうにしていた。
大学をふらりと辞めてしまい、
仕事もせずにぶらぶらしている僕と、
これから仕事をばりばり始めようと、
意気込んでいる彼女との間に、
なんとなく亀裂を感じ始めていた時期だ。
実際、その頃の彼女が僕に抱いている気持ちは、
軽い軽蔑と諦めの気持ちでいっぱいだったと思う。
いや、或いは、もう僕の事を考えている部分なんか、
ほんの少しも無かったのかもしれない。
ある日、彼女は、僕のアパートに泊りに来た後、
お泊りセットを置いたまま、学校に出掛けて行った。
忘れていったのではなく、置いていったのだ。
タオルや歯ブラシ等の他に取り替えた下着等も混じっていた。
そしてその何日か後に、
僕は彼女のお泊りセットを紙袋に入れて、
彼女のアパートに出掛けた。
夜のそんなに遅くない時間だったと思う。
6時か7時頃。
今の時代なら携帯電話で、「今から行くよ」って連絡する所だろうが、
当時、携帯はおろか、お互いの部屋に電話もなかった。
そういう訳でいきなりの訪問とかは
お互いしょっちゅうだったし、
(余談ではあるが、そのせいでよく僕の部屋では
女の子同士の鉢合わせ事件が発生した。)
この日も、たぶん、彼女がいるだろうと思って訪問したのだったが、
あいにく留守だった。
合鍵を持たない僕としては、
諦めて帰るか、待つかの選択しかないわけで、
僕は迷わず、待つ方の選択をした。
待つと言っても部屋の前で待つわけにもいかないので、
アパートの前の道で待つ事にした。
しかし、季節は冬、かなり、寒い。
東京の冬は、故郷である岩手の冬に比べれば
春の始めぐらいの陽気なのだが、
外で待つと言うのは、かなり辛い事だ。
そして実際に、彼女はなかなか帰って来なかった。
近くの喫茶店で時間をつぶすという考えも
悪くなかったのだが、貧乏の身には、
それはかなり贅沢な事だった。
途中、自動販売機でホットコーヒーを一本買い、
しばらくの間、飲まずに腹の中に入れて暖を取った。
そしてそれを飲んだ時にはだいぶ冷たくなっていた。
2時間も待っただろうか。
その時、僕の目の前でパトカーが止まった。
車の中には警官が二人乗っていて、僕の顔をじっと見ていた。
運転席の方は若い警官であり、
助手席の方は中年の警官だった事をよく覚えている。
そして警官たちは、お互いに顔を見合わせると、
いきなりパトカーを降りて僕の前に歩いてきた。
「何事だ?」と思いながら、
「ああ、未成年が深夜出歩いているから注意するのかな?」
ぐらいに思った。
この時、僕は20才になっていたので
捕まる理由も注意を受ける理由もない。
僕は「堂々としていても平気だ。」と心に言い聞かせた。
しかし、警官は、いきなり職務質問をして来た。
「ここで何をしているの?」
「ああ、人を待っているのです。」
「誰を待ってるの?」
「いや、あの、その…」
「どこに住んでいるの?」
「駒込ですけど…」
「仕事は?」
僕はちょっと考えながら、ゆっくりと答えていた。
「時間を稼ぐ」、と言うか、彼らの本意を探っていたのである。
僕自身は何も後ろめたい事はない。
ただ、紙袋の中に入っている彼女の下着だけが、
ちょっと気がかりだった。
「下着泥棒と間違えられはしないか?」と思ったのだ。
そして、僕は何か身分を証明出来るものを提示すべきだと思い付いた。
そして仕事うんぬんの質問に答える前に、
「何か、僕を疑っているんですか?」と聞いた。
「いやー、そういうわけではないんだけどねー」と警官は言った。
僕は、ポケットから運転免許証を出すと、
「これで照会して下さい。」と頼んでみた。
警官の方の一人が、僕の免許を受け取ると、
パトカーに乗り込み、結構長い時間をかけて
僕の存在や過去を確認していたようだった。
照会が終わると、警官たちは満足した様子で、
「ごくろうさん、」と言うと、行ってしまった。
僕はちょっと拍子抜けしながらも、
心からほっとした。
もしも紙袋の中を検査され、彼女のパンツを発見され、
「これはいったいなんだね?」と聞かれる所を想像すると、
かなりの屈辱になるだろうと思ったからだ。
たぶん「パンツです。」だけでは
許してもらえないだろう。
僕と同時に、彼女にとっても、
自分の汚れたパンツを知らない男たちに広げられ、
検査されるように詳細まで見られる事は
かなりの屈辱になるに違いなかった。
それはあってはいけない事だったのだ。
さて、これで話しは終わりなのだが、
肝心の彼女は、午前1時頃、
僕の知らない男の車でお帰りになった。
僕はその直前にこちらに向かってくる車に気がついて、
なんとなくその車に彼女が乗っているような気がして、
そっと身を隠したから、助手席に乗っていた彼女は、
僕の存在に気づかなかったはずだ。
そして運転席の男と軽いキスをすると、
車を降りた。
そして、車は甲高いエンジン音を回りに響かせて行ってしまった。
僕の待ち時間は、ざっと5,6時間と言うところか。
寒い冬の夜にこれだけ長い時間、人を待った経験は
先にも後にもこの時しかない。
しかし最後の場面を見届けたと言う達成感がせめてもの救いだった。
そして彼女が実際に僕から離れて違う男と付き合い始めている事や、
僕が彼女に対する本当の気持ちを自分の肉体で身を持って確認出来た事を、
心の中では満足していた。
みなさんも女物の下着を持って歩く時は気を付けた方がいいかもしれない。
(ここまで)
ぼくは、この話の後、一旦、彼女と別れることになる。
と同時ぐらいに、まだ世界でも、出来たてホヤホヤだった
IT業界に就職することになるのだった。
まあ、その話はまたあとで(笑)
職務質問
