雨の中、さっき帰って来た。
ぼくは、多少の雨なら、傘は使わない。
面倒だし、小雨程度で傘をさす等、
大の男のくせに、軟弱だと思っているからだ(笑)
そんなわけで、見栄っ張りのばくは、
小雨のときは、わざとゆっくりと歩いてみたりする。
・・・だから、当然、濡れる ^^;
そんなわけで、今夜は、雨のせいか、少し肌寒い。
窓を開けると、雨の降る音が静かに聞こえてくる。
心地好い。
どんなことでも、心地好い。
生きている実感を、好ましく思えさえすれば。
あと1分後に死ぬかも?と思ったら、
今生きている感覚は、どうしようもなく、いとおしい。
わざわざ、死を想像しながら、
生を感じるのはおかしいかもしれないけれど、
人は、みな、必ず死を迎えるのだ。
1分後だろうが、10年後だろうが、50年後だろうが、
迎える死の重みは、同じである。
この3次元空間で命の体験をするというのは、
奇跡の集合体のようなことなのです。
また、理屈をぐだぐだと書いてしまった。
・・・とにかく、この、夜の帳のなかで、
雨の音を聴いているだけで、
とてつもない、幸せを感じているのです。
そして、同時に、
破裂しそうなぐらいの、切なさ、
やるせなさも。
思い切り、わんわんと泣くことも、
多分、きっと気持ちいいと思える夜。
全てが混ざりあって、濃厚。
しとしとと
