ねじまき鳥は何処に

数日前、久し振りに、小説が読みたくなった。
活字中毒に近い状態に陥っていたぼくだけど、
読むのは、精神世界からのものではなく、
ぼくを、確実に楽しませてくれる本が良い、と思った。
そんな風に思ったのは、
本当に久し振りのことなのである。
で、部屋の本棚に目をやると、ぼくは直感的な動きをし、
そこから、「ねじまき鳥クロニクル」を取り出した。
この本は、村上春樹さんの代表作と言ってもいいのではないか。
そして、さきほど、この本を読み終えたところだ。
部屋の本棚に存在していたぐらいだから、再読になるわけだけど、
これを最初に読んだのは、ハタチの頃だと記憶していた。
しかし、全部読み切った後に、最後のページの発行日を見て驚いた。
なんと、平成9年と書いてある。
・・・平成9年って、何年だ?(笑)
ネットで西暦に変換してくれるページを見つけて、
対応する年を探すと1997年と書いてある。
1997年に、ぼくはハタチだったのかというと、
絶対にそんなことはない。
もう30代だ。
なんで、勘違いしてしまったのだろう?
記憶をたどると、この本が面白いよ、と教えてくれたのが、
その当時付き合っていた彼女の「Hさん」であり、
ぼくが「Hさん」と付き合っていたのは、ハタチの頃である。
だから、ねじまき鳥は、ハタチ、と思っていた。
でも、ぼくがハタチの頃、まだねじまき鳥は存在していなかった。
どこが間違っているのだろう?
Hさんと最後に会ったときを思い出してみた。
すると、考えてみれば、平成9年頃のような気もする。
ぼくは、彼女と、光が丘の団地で待ち合わせをし、
1時間か2時間ほど、食事をしたのだ。
その時に、面白い本として、勧められたのだろうか?
そもそも、・・・あれは、
どんなきっかけで、待ち合わせをしたのだろう?
連絡手段は、なんだったのか。
ぼくとHさんは、どのようにして連絡し合ったのだろう。
思いだせない。
当時は、携帯とか、ネットとか、
そんな気の利いたものは、普及し始めの頃であり、
誰もが利用出来るものではなかった。
ぼくは、もちろん、メールアドレスを持っていたけれど、
彼女は、持っていなかったはずだ。
「ねじまき鳥クロニクル」は、
時空を超えたような不思議な話だけど、
ぼくとHさんと、この本の関係もかなり不思議だ。