銀座の知人

通勤途中に、銀座の三越がある。
そこで出来た知人が、彼だ。
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Photo by Ham (P-03A)
木の板で出来たお店の看板のような彼だけど、
いつも笑顔で、ぼくを迎えてくれる。
もちろん、ぼくも、笑顔で挨拶をする。
どんなに辛いと思える日でも、
彼の笑顔を見ると、ぼくは元気になれる。
どんなにすさんだ心の日でも、
彼の笑顔を見ると、ぼくは優しくなれる。
今では、知人というよりは、
大切な、友人だ。
ある日、彼の前を通ったとき、
ふと、風景が、311の震災と重なったことがある。
東京に大震災が来て、
大津波が襲ったとしたら、
ぼくの故郷の大船渡や陸前高田のように、
この銀座も流されてしまうのだろうか。
強い揺れを感じてから、
30分も経たないうちに、
勝どき橋の下から、
津波により盛り上がった水面は、
晴海通りの高さまで到達し、
一気に、陸地に流れ込む。
津波は、晴海通りを日比谷方面に押し寄せ、
古い築地市場の建物を一気に壊滅させ、
その勢いが衰えぬ状態のまま、
彼のいる銀座四丁目の交差点も、
あっと言う間に水の中に沈んでしまうかもしれない。
それでも、彼は、今と同じように笑顔のままだ。
笑顔のまま、波にのまれてしまうのだろう。
津波は、いつも通りの彼の笑顔とは裏腹に、
容赦なく、すべてのものを破壊し続ける。
そこにあったものはすべて、波にのまれ、
一瞬で、世界を変えてしまう。
沢山の人が流され、
溺れて死んでしまうかもしれない。
地下街や地下鉄には、水が侵入し、
沢山の人が、脱出出来ないまま、
命を落とすかもしれない。
沢山の車が流され、
押し潰されてしまうかもしれない。
弱いビルは、
圧倒的な津波の圧力で、
倒壊してしまうかもしれない。
気仙沼のときと同じように、
津波が残ったままの状態で、
火災が発生し、
それを消すことも出来ずに、
何日も火の海のままかもしれない。
そんな規模の災害が起きたら、
築地や銀座だけでなく、
川沿いにある東京の下町は、
壊滅状態になってしまうかもしれない。
風景が、311の震災が重なったというのは、
そんな様子が、一瞬、ぼくの頭の中に、
みえた、ということだ。
一瞬だったけど、
起こることと、起こったときの、
ぼくの感情のようなものが、
すべてがみえたような気もした。
不思議と、車や建物の崩壊は、仕方ないことだ、
と納得した感じだったけれど、
彼が、笑顔のまま、流されていく様子をみて、
ぼくは、泣けて来た。
丸ノ内線の地下鉄の階段を降りながら、
涙が止まらなくなって困った。
と同時に、この感情は、
一体、なんなんだろう、と思ったら、
「日常」
という言葉が出て来た。
そうか、車や建物が破壊されるよりも、
日常が、破壊されることが、
ぼくにとっては、悲しいことなのだ、と認識した。
ほとんどの人にとっても、
車や建物よりも、いつもの日常の方が、
大切に違いないのではないか。
いつものように、生きられる、ということが、
震災前は、当然のように思っていたけれど、
ほんとは、奇跡のように、幸せなことだということを、
ぼくたちは、気付かされたと思う。
ぼくは、毎日のように、彼と会うけれど、
彼の笑顔を見るたびに、
日常のはかなさや大切さのようなものを思い出し、
今日という日が、いつものように来てくれて、
本当に、良かったと感じる。
いつものように、笑顔の彼が三越の前に立っていて、
いつものように、銀座四丁目の交差点の喧騒を感じながら、
こうして、何事もなかったように歩けることを、
本当に幸せなことだと思っている。
そういうことを、
彼に教えられた気がする。
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