十分に若いときは、死後の世界と聞いても、
それは、心霊写真とか、天国とか地獄とか、
おどろおどろしい興味の対象に過ぎなかったのだが、
だんだん、歳を重ね、親しい人の死に立ち会ったり、
自分の年齢が平均寿命の半分を超えて、
ぼんやりと折り返し地点のようなものを意識するようになると、
死後の世界を自分の死に重ねてしまうことが多くなってきた。
ぼくが死んだら、ぼくはいいけど、
ぼくと関係する人や物はどうなってしまうのか、
というのが、もっとも考えてしまうこと。
人は、ぼくがいなくても、今だって、それぞれ生きているわけだから、
今、ぼくに依存している部分があったとしても、
まあ、なんとかやっていくのだろう。
物は、処分されるんだろうな。
多分、単純に処分されていいものと、よくないものがある。
パソコンなんかは、個人情報とかも入っているわけだから、
人に譲られると結構困る。
パスワード保護していても、ダメだ。
基本、解体して貰うしかないかな。
遺言に書いておかなくっちゃ。
PCは解体して一ヶ月間水につけておくこと(笑)
蔵書やCDは、みんなに読んだり聴いたりして貰えたらいいと思うけど、
キャラクターグッズなんかは、そのまま捨てられたらちょっと悲しい。
例えば、ぼくはこっそり集めた、リラックマのぬいぐるみとかが、
燃えるゴミの日に出されているのを想像するだけで、
切なく涙が出て来そうになる(笑)
先日、出勤のとき、自宅の近くで、
ゴミ置き場に、ピカチューがいた。
ぼくは自転車で通りかかったので、
ちゃんと確認はしていないんだけど、
大きさは、多分、ピカチュー原寸大。
材質は、ビニールかプラスチックのやわらかめのやつ。
色は、ピカチューだから、黄色だけど、ちょっと黒ずんでいて、
持ち主が、しばらくの間は、置物のようにしていたと思う。
お店で買われたときは、明るい黄色で、
持ち主になった子供は、嬉しくて嬉しくて、
いつも自分のそばにおいておいたかもしれない。
でも年月が経ち、ピカチューの役目は終わったのだ。
一瞬、戻って、そのピカチューを回収しようかなとも思ったけど、
ピカチューの一生に介入するのは、やめておいた。
その方が、彼にとっても、自然だと思ったからだ。
ゴミ置き場に仰向けで置かれているピカチューは、
自分の役目を全うした充実感を感じているか、
それとも、寂しさで胸を震わせているか、
ぼくにはわからないけど、
ぼくが集めたその手のグッズが、
ゴミ置き場に置かれるのはいやだ。
でもなあ、と思う。
結構大量だから、残された人たちは処分に困ると思う。
ぼくの死体を埋葬する古墳があれば、
そこに一緒に安置してもらうんだけどな(笑)
そして、数千年後、発掘される。
未来人は、リラックマやスヌーピーの置物に囲まれた、
ぼくのミイラを考古学的な発見として研究するわけだ(笑)
こうして、考えると、死ぬときのために、
自分の持ち物や人との関係を、整理しておくのは、
結構、時間もかかることだろうから、
必要に応じて、やっとかないとな、と思ったりする。
でも、それって、どうなんだろう?とも思う。
・・・その、生きるために生まれてきたのに、
死ぬための準備をしてていいものなのか、みたいな。
まあ、旅館に泊まったあと、チェックアウトのときに、
軽く掃除をしたりするのと同じようなものかな。
ぼくが死んだら
